原因は風呂上りに薄着でテレビを観ていたせいだ、とnameは遅すぎる後悔をしていた。それもこれも、深夜番組がおもしろすぎるからいけない。あれは時間をすっかり忘れさせてしまう。昨晩、 はきちんと着込む事もなく、薄手のTシャツのままで、濡れた髪にすっぽりとバスタオルをかぶせて、深夜のくだらないバラエティに見入っていた。一人暮しだと、特に誰かに気兼ねする事も無い。だから、つい、油断してしまったのだ。その結果、彼女は本日38度強の高熱をマークしてキリコに泣きつくことになったのだ。 「お前はとんだバカか?」 頭に市販の解熱シートを貼りつけて唸る を尻目に、珍しく白衣を身につけたキリコは吐き捨てるように言った。 「このクソ寒い時期にンな格好してたら、風邪ひくのは当たり前だろう!」 キリコはいつも以上に眉間に皺を寄せて、語気を強めた。そして聴診器を耳から外すと、脇に置いてる鞄をごそごそと漁り始める。 「…ご、ごめん」 「ったく。この時期はただでさえお前みたいな奴がひっきりなしに現れるっていうのに、これ以上俺の仕事を増やさんでくれ!」 「う、う…ごめんよ…」 「おかげでこっちはずっと不眠不休で働きづめだ。やっと一息ついたと思えば、今度はお前が泣きながら電話してくる!何事かと一瞬でも心配した俺がバカだった!お前は俺を過労死させる気か?!」 「で、でもキリコいっつも死にそうな顔してるから、あんまり普段と変わんない…」 「やかましい!!」 うう、と耳を塞いで は布団の中にもぐりこんだ。キリコはよほど機嫌が悪いのか、すごくピリピリしている。何も病人相手に大声で怒鳴らなくても、と は蒸し暑い布団の中、口を尖らせながらぼそりと呟いた。 「ほら、腕を出せ」 その声に、 の心臓がどきりと跳ね上がった。高熱があるはずの身体が、一瞬ひんやりとして、まるで氷が溶けているような感覚が押し寄せた。それから素早い動作でがばりと起き上がると、瞬時に布団を全部自分へ手繰り寄せて、 はダンゴ虫のようにぐるんとベッドの隅で丸まった。早くしろとキリコが2度目の催促をしてくる。 「や、やだ」 「…何だと?」 「いやだ。やだよ、注射するでしょ」 「…しなきゃ治らんだろう」 「やだ!遠慮するから、ほんとに!」 「………バカを言うな、腕を出せ」 「嫌だったら嫌なの!来るなっ!!離せー!!」 じたばたとベッドの上で暴れるのも、虚しく、簡単に腕を掴まれて は取り押さえられた。健康そうに浮き上がる自分の太い血管へ、容赦なくぶつりと針が刺しこまれるのを間近で直視してしまい、 はふらりと眩暈を覚える。 「ううー…ひどい、私こうゆうの苦手なのに…」 「早く治れば、もう見る事もないんだ。今しとかなかったら次はもっと痛くしてやる」 「おんなじ注射なら、王道の『風邪の時は汗をかくといいんだぜ大人しくしろよウヘヘ!注射』のがまだマシだ…(げんなり)」 「……してやるか?」 「うそですごめんなさいつつしんで遠慮いたします」 「…まあ、あとは大人しく寝てろ。そんだけ騒ぐ元気がありゃ、明日には熱も下がるだろう」 背中に手を添えられて、 はゆっくりとベッドに横たわった。熱のせいでさっきから涙腺が緩みっぱなしの眼を細めると、薄く膜を張ったように世界がぼんやりと揺れているように見える。 「……あー、キリコが2匹に見えてきた」 「(匹…?)おい、おまえ本当に大丈夫なのか?」 は平気、平気とへらへら笑みを浮かべる。が、キリコはだんだんと心配になってきた。少しだけ騒がせすぎただろうか?と彼女の額と首に両手をあてる。少しさっきより熱くなっているかもしれない、と思って、キリコは薬を探すために黒い鞄に向き直ろうとした。だが、突然彼の手はばちんと に捕まえられた。 「つめたいな!」 「おい」 「うへへ、これ凄い、いい」 キリコの手を操るように持ち上げ、 は自分の両頬にひたりと押し当てた。(今、少しブラックジャックの例の幼女が、ときどき見せるような顔になっている) 「おい、薬が取れんだろ」 「やだよう、離さんもんね!」 ウエッヘッヘと気色悪い(しかも不細工な)笑い声をあげながら、 はキリコの大きな掌を弄ぶ。もしかしたらこいつは、既に半分意識が飛びかけているのかとキリコは思った。それからしばらく、意味の無い音の羅列を呟いていた だったが、少しずつ、ゆっくりと彼女の手から力が抜け落ちるのが、キリコに伝わった。 「あー………冷たいなあ、これ…」 「おい」 「…血通ってんのかよ、みたいな。ね」 「…………(悪かったな)」 「……でも好きだ、うー、きもちいい…」 「おい、 」 「……………」 「 ?」 「……………………」 「寝たのか、おい」 一転して室内はしんと静まり返った。それからすぐに、キリコの耳へ規則的な呼吸音が聞こえた。やっと、寝てくれたか。しかし、 「………困った」 キリコの手は、まだ、 にがっちりと握られていた。まあ、特にこのあとに用事はないのだから、早急に部屋を立ち去る必要もないのだけれど、 「……コイツ、起きた時に絶対騒ぐな」 多分、彼女は熱にうかされていたのだから、ほとんど覚えている事はないだろう。しかし、キリコが無理に引きぬこうとすると、 は眉間に皺を寄せて赤子のようにぐずった。(というより、唸った)(何度か試していたら突然手に思い切り強い力が込められて凄く痛い) 「…世話の焼ける」 両腕を拘束されたままのキリコは、どさりと の傍らに顔を突っ伏した。彼女が自然に眼を覚ますまで、結局自分は身動きがとれないのだから、もう足掻いても仕方がないと彼の思考はそう判断した。 ここ数日の眠気がゆっくりとキリコを覆い尽くしてゆく。 ああ、 鞄の中に湿布はあっただろうか? end. |