01 1 : 午前8時 うっすらと覚醒する。 まだ働こうとしない頭が、ぐらぐらと重い。 とりあえず、二度寝しないように起き上がる努力をしてみる。 (たぶんこの努力は報われない) 2 : 午前8時40分 部屋の外から足音がする。 うるさいので布団をすっぽり被った。あったかい。 いい香りがする。 気持ちが良くて、またうとうとしてくる。 3 : 午前8時43分 「――この、いつまで寝てやがる!」 うう、怒鳴られて挙句布団をはがれた。 寒い。よく聞き取れないけれど、怒鳴り声はまだ続いている。 とりあえず布団を取り返そうともがいてみた。 あ、足が何かにぶつかった、感触。 −−− 1 : 午前7時 キリコ 目覚ましが鳴る前に起きた。 良かったと胸を撫で下ろす。 何せ隣でぐうすか寝てる女は寝起きが悪い。そりゃもうひどい。 (ついでに寝相も悪い)(俺なんて何度も蹴りをいれられた) とりあえずまだ早いので、起こさずに自分だけそっとベッドを降りた。 2 : 午前7時56分 キリコ 着替えて、朝の静かな時間を独占する。 (1日のうちで心から安らげるのはこの時間ぐらいだと思う) ぼちぼち朝飯の支度をするためにキッチンへ立つ。 ああ、今日あたり買い物に行かないといけない、と在庫の確認をはじめた。 3 :午前8時43分 キリコ もう9時になるというのに、が全く起きてこない。 とりあえず最初は静かに起こしてみる。 (ただこれは無駄だと自分でもわかっている行為なのだが) やはり、無理だ。 仕方が無いので大声を出して布団を剥ぎ取った。 内心は怖い。きっと反撃がくる、と身構えていると、やはり、来た。 …アゴを、思いきり蹴り上げられる。 正直かなりキツイ。(ほぼ毎日これなので) −−− 4 :午前8時45分 ううん、と唸って目を開けると、なぜかキリコが目の前でうずくまっていた。 朝から人の寝ているところで何をしているんだろう。 「襲いに来たとかだったらただじゃおかねー」と欠伸をした。 とりあえず、顔を洗ってくる。 5 :午前9時16分 一通り身支度をすませてキッチンへ向かう。 でもまだ眠い。 テーブルについても欠伸がとまらない。 半分寝ながらサラダを食べていると、床にトマトが落っこちた。 キリコがちょっと怒る。 「ごめんー」と謝ったけれど、トマトは嫌いだったから少しラッキーだ。 そういえば、心なしかキリコのアゴが赤くなってる感じがするけど、やけどでもしたの? 6 :午前10時 この頃になるともうすっかり目も覚めてくる。 今日は、キリコの仕事(安楽死の方)で、依頼人と会う約束が入っていた。 約束の時間は午後2時。 まだ時間はある。 ぼーっとしているのは苦手なので、洗濯をはじめた。 キリコにはお風呂とトイレの掃除をお願いする。 嫌そうな顔をしたけど、最終的には押し切った。(じゃんけんで勝った) −−− 4 :午前8時45分 キリコ 言うに事欠いて襲いに来たならただじゃすまない、だと!? 人のアゴを蹴り飛ばしておいて、この小娘!! (言っておくが、俺は面長なんであってアゴが出ているわけじゃないぞ!断じて!) 朝から腹の立つ!! 5 :午前9時16分 キリコ こいつは絶対にわざとトマトを落としたに決まっている。 (はっきりと嫌いだと言われた事はないが、前にも落としたことがあるんだ。絶対にそうだ) 6 :午前10時20分 キリコ 俺は今髪の毛をひとつに束ねて、ゴム手袋をはめ、家庭用のエプロンをつけ、シャツの袖を捲くり、ズボンの裾を捲くり、棒の先にタワシがついた用具で便器と格闘をしている。 自分でもハッキリ言ってこの姿はないだろうと内心思っている。 しかし、勝負は勝負だ。(じゃんけんでも) すごく文句を言いたいが、言う相手も今はいない。 ひとり便器を磨きながらブツブツと愚痴る俺に、俺はもう若くないことを知る。 (今の俺は絶対に誰にも見られたくない。特にBJには!ユリにさえ見られたくは無い。もしも見られたら俺は一生自室にこもってやる!) −−− 7 :午前10時54分 思ったより洗濯物が少なかったので、意外と早く仕事を終えたわたしは、ベランダで太陽の光を浴びていた。 今日はあったかい。 まだ冬だけど、まるでもう春が来たんじゃないかっていうほどの陽気。 無意識に顔がほころぶ。 洗い立ての白いシーツ達がはたはたと揺らぐ中、少しの休憩。 8 :午前11時04分 一階から猫かカエルが踏み潰されたような声がして、わたしはハッと覚醒した。 また、まどろんでいたみたい。 とりあえずこの家には猫もカエルもいないので、 キリコがまた何かやらかしたのかなあ…と階段を駆け下りた。 しょうがない男だ。 9 :午前11時06分 あーもう、ばかじゃないの、こいつ。 としか言いようがない姿でキリコが立っている。 一応、本人的にショックみたいだから、 洗濯物が増えたことに対する文句だけ言っておいた。 (ちょっとかわいそうだった) タオルと、着替えを用意して、わたしは早々とその場を立ち去った。 −−− 7 :午前10時40分 キリコ ゴム手袋とエプロンを外して、タワシ棒をスポンジに持ち替えた俺。 …これはもういじめなのではないか。 少し自分が惨めになってきたが、元々何かをやり始めると止まらない性分なので、トイレ掃除同様やはり気合が入ってしまう。もう若くはないと言っておきながら、(でもあまり認めたくはない)ひどく腰に負担がかかる体制でバスタブを磨きつづけた。 8 :午前11時09分 キリコ すごく屈辱的だ。 すごく腹立たしい。 すごく気に食わない。 しかし、この怒りはどこにも向けられない。 目の前にはひどく微妙な表情をしたが腕組みをして俺を見ている。 ああそうさ、泡を流そうと掴んだシャワーが滑って暴れたんだ! 俺の手のひらから逃げると、蛇のようにバスタブの中で暴れられて、俺は全身びしょ濡れだ!開き直りでもせんと、情けなくて立ってもいられん! このクソ寒い時期に。 しかも湯になる前の真水。 が持ってきたタオルで顔を拭く。 ひどい顔をした自分が鏡に映った。 情けないのと腹立たしいのが混ざり合って、ひどく泣きたい。 9 :午前11時25分 キリコ 俺が着替えている間に、いつのまにか風呂掃除は終わっていた。 感謝すべきか、否かで悩む。 (そもそもあいつが俺に押し付けたのが原因じゃないか) しかし ここは素直に何かひとつ言ってやるべきなんだろうな 俺はリビングへ向かった。 −−− 10 :午前11時30分 着替えて戻ってきたキリコが、なぜかありがとうと呟いていた。 多分真水をかぶって、どこかがおかしくなったのかもしれない。 (心配してBJ先生に診てもらおうかと言ったら、逆に今度はひどく怒っていた) (更年期障害かもしれない) 11 :正午すぎ なんだかキリコは怒ったままなので、昼食はわたしだけ勝手にとる事にした。 適当にぶどうパンを頬張りながら、森田○義アワーにチャンネルを合わせる。 (誰だ、見てないのにみのも○んたの番組に合わせてた奴)(健康オタクか) 袋に入ったぶどうパンを次々に食べていると、突然背後に人の気配がした。 キリコだった。(幽霊かこいつは) パンを咥えたままがくんと首を曲げてキリコを見上げた。 (何がしたいんだ?)と相手の意図を探っていると、キリコの骨張った男性的な手が私の頬に添えられる。 (あ、来るかも)と思った瞬間、キリコの顔が近づいて来る。 どうしよう、わたし今パン咥えてるのに。 12 :同時刻 と思ったらこの野郎は、パンを齧り、わたしから奪い取りやがった。 キスするふりをして、最初からぶどうパンを狙っていたのだ。 やり方が汚い。 姑息だ! 罵ったら「じゃあまだ口の中にある分だけでも返してやろうか」とニヤニヤと笑ってきた。 「いらねぇよ、そんな、汚物!」と背中を向けて森田アワーの鑑賞を続けようとすると、今度はソファ越しに、首に腕を回されて抱きすくめられた。 わたしは気にしないふりをして(いわゆる無視)ぶどうパン、最後のひとつを頬張った。 キリコが、耳元でクツクツと笑ってる。 吐息がかかる。 この日わたしは初めて負けた。 −−− 10 :午前11時32分 キリコ 小さくだが、礼を告げたのにないがしろにされた挙句、 「頭でも打ったのなら、一度BJのところに行った方がいいかもしれない」と本気で心配された。屈辱だった。本当にこの娘は、俺のことを一体なんだと思ってやがるんだ! 11 :正午すぎ キリコ 「もう知らん!」と怒鳴ったのが悪かったのか、はひとりでテレビに夢中になってしまった。しかも俺の分のパンまで抱えて食べている。 なんとかしてひとつでも腹に入れないと、依頼人の前で腹の虫が鳴いたら、それこそ屈辱や情けないなんてものじゃない。(収入に関わってくる) しばらく考えた末に、俺はある作戦に出た。 うまくひっかかるはずだ。 いくら強気なこいつも、まだ子供であることには変わりない。 俺はゆっくりとに近づいた。 12 :同時刻 キリコ やっぱりひっかかりやがった! 最低だの姑息だの、ピーピーうるさく鳴いているが、これもいわゆる駆け引きなのだ。いつも俺を小ばかにしている罰だと思え。 端の方は噛まれていたため取れなかったが、まあいい。 これで腹の虫の心配はない。 顔を赤くして騒ぎ立てるに、悪戯心で、口移しで戻してやると言うと、彼女はひどい悪態をついて背を向けてしまった。(汚物はないと思うぞ) 拗ねてしまったみたいだ。 しょうがない子供だと、後ろから少し力を入れて抱き締める。 相変わらずのふくれっつらだが、今のは俺の勝ちだ。 −−− 実は続きます。 |