02


13
 :午後107分 
怒りを抑えて、資料整理をしていた。
今日の依頼人への見積書などなど。
意外にデスクワークも多いのだ。
(こういう仕事は、わたしが雇われの身としてやっていた。)
(彼が苦手だから、わたしにまわってきているわけじゃないけれど、ファイルや資料の保管、作成はほぼ私に来る。)
プリントアウトした書類をファイリングして、彼の黒い大きめの鞄へ詰め込む。
とりあえず今日は、安楽死マシーンは必要無いから、比較的楽。
(あれがあると移動するのにひどく大変で、わたしは好きじゃない。キリコは軽々持ち上げてるけど、わたしの力じゃ無理だ)

14 :午後120分 
すっかりさっきまでのへたれた中年ロリコン男から、安楽死を専門に生きる死神の風貌に変化したキリコが、そろそろ行くぞと顔を出した。
相変わらずすごい変わり身の早さだと思う。
わたしは少し重い鞄をキリコに手渡し、コートを羽織って後を追った。

15 :午後351分 
窮屈な交渉がやっと終わった。
正直、安楽死とかの話は私にはよくわからない。
正しいのかとか、間違ってるのかとか。
考えてもわかる日は来ないんだろうなあ、と思ってまだ「仕事中」のスイッチが入ったままのキリコを見る。
――つめたい横顔。

−−−

13 :午後1時 キリコ
はまだ怒っているようだった。
いや、怒っているというよりは、照れて意地を張っているようにしか見えなかったが。
やっぱり、きちんとしてやるべきだったか。
うーん、と考えたまま、とりあえず俺はトイレから出た。
支度をしなければ。

14 :午後120分 キリコ
眼鏡をかけて液晶画面に向かうが居た。
最後のデータ入力をしているらしい。
真剣な表情で真っ直ぐに画面を見据える。
好きな顔だ。
ひとつ咳払いをして、時間であることを告げ、しっかりと資料の詰まった鞄を受け取る。
さあ、仕事だ。
約束の時間まで、あと40分もある。
途中で寄り道したって楽勝で着くぜ。

15 :午後351分 キリコ
冷蔵庫には、確かほとんど物が入ってない。
適当に何か買わないともたないだろう。
寒いので鍋かとも考えたが、は「鍋は大勢でかこむモノ。そして電気を消すモノ」という解釈なので、ひょっとしなくてもBJやユリを巻きこみかねん。(だいたい最後のは鍋は鍋でもパーティ系の鍋じゃないか。邪道だ。断じて)
真面目に頭の中でメニューを巡らせていると、がこっちを覗きこんでいた。
な、なんだ、鍋ならしないぞ!
2人でやるなら別だがな)

−−−

16 :午後430分 
あのまま、夕食の買い物に、近場のスーパーへ向かった。
キリコがやたらとわたしを監視しているような気がしてならない。
なんだよう。
わたし、もうこっそりお菓子とかカゴに忍ばせる歳じゃないよ!
(むしろおまえがしそうだ)

17 :午後5時 
適当に陳列された商品を見ていると、どこからか「こよし屋の、できそこないの、おくたんなのよわさ!」という声が聞こえた。
この舌ったらずな口調、聞いたことがある。
となりですごく曲がったネギを手にとって品定めしているキリコの、ライバルの、助手兼(自称)奥さんのピノコという女の子だ。
彼女の声がするということは…
「久し振りだな、キリコ」
やっぱり。ブラックジャック先生もセットだった。

18 :同時刻 
「ブラックジャック!なぜキサマがここに居る!」と、敵対心剥き出しのキリコがネギを折らんばかりに叫ぶ。
恥ずかしい。 
他人のフリをしたい。 
最悪だ、みんな見てる。
ブラックジャック先生だって買い物ぐらいするでしょうが。
うんざりしながら、ごめんなさい、とブラックジャック先生に視線を送ると、先生は「しょうがないさ」というように笑った。それを見たキリコが更に眉間のしわを深くする。
ため息をつくと、「ねぇねぇ」とピノコちゃんがコートの裾を掴んできた。

「おゆうはんの、おかいものしてゆの?」
 しゃがんで視線を合わせ、そうだよと言うと、ピノコもなのとカゴを突き出す。ちょっと失礼して中身を拝見させてもらうと、鶏肉、春菊、しらたき、豆腐、その他これみよがしに鍋の材料のみ入っている。
「ブラックジャック先生のうちは、今日鍋なんだ。いいなあ、うらやましい」
 しかも高級の地鶏とか入ってるし。クソ、羽振りいいなここの家と内心思っていたら、「おなべはみんなでたべゆほうが、いいのよさ!ね、先生いいれしょ?」とキリコと喧嘩中(しかしほぼキリコ一方的)のブラックジャック先生を呼びとめた。
も、もしかしたら鍋食べられるの?!
視界の端でキリコがすごい顔をしていたように気がしたけど、この際放っておく事にする。

−−−

16 :午後430分 キリコ
なんとしても鍋を連想させるコーナーには行かせないように、しっかり見張らないとな。
ん?なんだその不満げな顔は。
俺はまだ何も言っていないぞ。
おかしな奴だ。

17 :午後5時すぎ キリコ
見張りながら品定めをする。
しかし最近はどれも物が高い。
何だネギが、あんなにひん曲がった短いの3本で一束200円近いのか。
ボッタクリだな、全く。
ブツブツと文句を言っていると、やたら特徴のある幼女の声が聞こえた。
まだ俺のことを殺し屋だのとのたまっているのか。
きっとブラックジャック、奴がわざとそう教え込んだに違いない。
あの真性ロリータコンプレックスが。(しかもそれに輪をかけてマザコンだ)
ひとりでブラックジャックに悪態をついていると、幼女の声に被さるように、聞きたくも無い低い声が耳に入った。
ブラックジャック、本人の声だった。

18 :午後6時 キリコ
俺の攻防むなしく、突然現れたブラックジャックとその自称女房の所為で、結局鍋になってしまった。
いつもいつも寸でのところで邪魔をしやがる。
本当はそのまま帰ってしまおうかとも思ったが、があまりに嬉しそうなので仕方なく愛車をとばす。
そろそろ気がついてきたが、俺はひどい扱いを受けているような気がしてならない。
だれのせいだろうか。
神か。
だとしたら俺は今すぐそいつを捕まえて殺してやりたい気分だ。

−−−

19 :午後638分 
ピノコちゃんと一緒に、わたしは鍋の準備をしていた。
ううう、やっぱり冷蔵庫の中のものもちゃんとしてる。
やっぱりブラックジャック先生はすごいかもしれない。
どっかりとソファに座り込んで口を真一文字に結んだパートナーを、ちらりと見る。
O国で合法化された安楽死は、最近依頼の数減ってきてるって、前に教えてもらったけれど、キリコだって、決して貧乏じゃない部類なのだ。
(そりゃあ、ブラックジャック先生よりは全然稼いでないけどね)
着ているものはすごく立派なんだよなあ…
要するにお金をかけるところが違う、ってやつか。
少し見習わせたい。

20 :午後830分 
お腹いっぱいになって、デザート食べて、その後ピノコちゃんとおしゃべりをしてたらすっかり遅くなった。
そうそう。鍋って全部電気を消してするものなんだとばかり思っていたら、それは間違いだったみたい。でも「電気を消す鍋」の話をしたら、ピノコちゃんがすごく興味を持っていたから、今度またみんなでやりたいねって言ったら、男性2人は冷や汗をかいてたけど、どうしてだろう?
とにかくごちそうさまでした、ブラックジャック先生。ピノコちゃん。
また遊びに来ます。

21 :午後9時 
「だからあ、キリコはブランドとかにこだわりすぎなの!」
「フン。俺はブラックジャックみたいに同じものを何枚も用意してる方が、ナンセンスだと思うけどな」
「頼むからちゃんと買い置きしてよ。どうせ外食ばっかりしてるんでしょう」
「仕事上の付き合いが多いから、仕方ないんだ。別に毎日ってわけじゃない」
「キリコ、もしわたしが居なかったら最悪だったと思うよ。どうせ前はユリさんが作ってたりしてたんじゃないの」
「(ギクッ)そ、そんなわけあるか。俺は兄貴だぞ!」
「(ムキになるってことは本当だな)…情けない」
「別に俺はブラックジャックのような金の亡者になる気はないからな」
「(はあ…こいつはほんとうにアホだ…)そう外食続きだと、身体壊して死ぬんだから」
「死なない」
「あーもういいや、あんたが死にかけても、わたし放置プレイするからね。泣いて土下座したらブラックジャック先生のところに連れていってあげる」
「誰があんな奴に!」
「…おめぇ、前身体の中にクラゲ飼ってたとき、ブラックジャック先生に治してもらったんだろうが。駄々こねてさあ、俺は死ぬんだヨーなんて」
「違う!何だその無駄に情けなさを出す脚色は!!」

−−−

19 :午後7時すぎ キリコ
ブラックジャックも、さすがに闇鍋はキツいようだった。
良かった、同志で。(この部分に関してのみ!)
もし奴が悪ノリして闇鍋を選択していたらと思うと、恐ろしい。
きっと今日が俺の命日になっていたかもしれない。
とりあえず普通の鍋でホッとした。

20 :午後8時すぎ キリコ
女ってのはどうしてこうも、話が長いのか。
しかも、うるさい。
昔、若い頃はよくユリが、俺が試験前でもいつでもどんな時でも、構わず軽く2時間は長電話をしていたのを思い出した。(あの時は軽くノイローゼになった)
聞こえてくるのは、うちの先生はあーでもないこうでもないという幼女の自慢話ばかり。(なぜあいつは俺の自慢話をしないのか、うすうす感づいてはきているが、やはり少し複雑だ)
暇を持て余していると、ブラックジャックがコーヒーを淹れてきた。珍しいこともあるものだ、と皮肉めいた発言をすると、「お前さんの奥さんと俺のとこの奥さん同士が仲良くしてる記念だ」と言われた。
誰が誰の女房だ!と勢い良く立ちあがると、「うるせえ!」とに一喝され、挙句コーヒーが少し指にかかった。
ブラックジャックがそれを見て笑う。
クソ、だからを連れて来たくは無かったんだ。
俺ひとりだけが慌てているような空間が苦いはずのコーヒーをしょっぱくさせている。
永遠のライバルが、隣に座ってコーヒーを飲んでいる。
目線の先にはそれぞれの傍らに、いつも、存在する少女達の笑顔がある。
悪くは無いかもしれないと、俺は大人しくライバルの淹れたコーヒーを喉に流しこんだ。

21 :午後1012分 キリコ
大体30分ほど前から、車内がひどく静かになったと思ったら、疲れたのか、が静かに寝息をたてていた。
あの幼女と喋りつかれたのだろう。
しかし、こうして眠っていればとても美しい。
(誰があんな悪態をつく女だと思う?詐欺罪だ、だまされたんだ)
助手席のドアを開けると、起こさないように、慎重にを抱きかかえた。
結構な量を食べるわりに、意外と軽い。
は、ううんと赤ん坊のような鼻にかかった声を上げて俺に擦り寄ってきた。
思わず、心臓がドクンと跳ね上がる。
「…こいつ、もしかして起きているのか?」
やわらかな頬を、(起きていたら殴られるのを覚悟で)少しつねってやる。
しかし、目は開かない。
ああ、完全に熟睡している。
擦り寄ってきたのは、寒さのためだろう。
何とも心臓の奥が熟れるような気持ちで、自然と笑いが顔に出る。
が、またんーと唸った。
俺はこっそりとバレないように、桃色に染まった唇と頬にキスを落とした。
…マシュマロ、というよりは肉まんだな。
(笑いを堪えるのでたまらん)

−−−

22 :午後11時 
記憶が、とんでいる。
たぶんまた車の中で寝ていたみたいだ。
(あの車は無駄に内装に凝ってるから、ふわふわしてきもちがいいのだ)
…わたしはいったいどうやってここまで来たんだろう?あれー。
見慣れたキングサイズのベッドの上で首を傾げた。

23 :午後1123分 
あと、一番の謎は、なんで今キリコのシャツを着ているのかっていう。
なんだこれ、すごいぶかぶかじゃん。
着替えた記憶もとんでいる。
確か、パジャマは今日洗濯をして、乾燥機やって、…あ、その中だ。忘れてた。
とりあえずそのままの格好でぺたぺたと乾燥機を確認しに行く。
…あった。
つーことは、これキリコが着替えさせたとかそういうオチじゃないよねーと、乾いた笑いをしながらキリコの気配をたどる。水の音がする。
風呂だ。
…さすがにためらいなく開けるのは、勇気ない。
もう今更なわけだし、眠いし、とりあえず、殴って罵るのは明日起きてからでいいや。

24 :午後1149分 
でもこの格好で同じところに寝たら、多分アブナイと思うので、何か別の服を探そうかと起きあがったら、嫌なタイミングで風呂上りのキリコが入ってきた。

ちがう。
ちがうよ?
なんだそのさわやかな顔。
すげえ気持ち悪い。
待ってたとかじゃないよ?
え、勘違いですよ?
ちがうから、
違うんだからそのまま傍に寄るな!
早く服を着ろ!!

あーもうなんでこんな奴と一緒にいるんだろう!
信じらんない!
と、わたしは思いきり枕を投げつけてふて寝をする。
ばっかじゃないの!!
顔がすごく熱い。
たぶん、布団を完全に被っているからだろう。
決してそれ以外に原因はない。
ない!

−−−

22 :午後1030分 キリコ
だめだ、眠ってしまったを起こすのは難しい。
仕方が無い。
…俺が着替えさせるしかない。
いや、この場合は他に判断はないんだ。
仕方が無いんだ。
そうだ。
え?俺の顔に何かついているか?
ニヤケてるだって?
至って真面目な顔つきだろう?
気のせいじゃないのか?

23 :午後1117分 キリコ
一通り脱がせたとき、あいつパジャマが見当たらないのには焦った。
あのまま放置して、もし目を覚まされでもしたら、地獄絵図になる。確実に。
とりあえず、手近なところにあった俺のシャツが代用できて良かった。
少し大きいだろうが、きっと構わず寝ているだろうから、問題はないだろう。

しかし、俗に言う少し大きめのYシャツを着せる、というのはなかなかいいものだと思った。
おっと、これは内緒にしておいてくれよ。
決して雑誌か何かで得た情報を試したかったとか、そういうんじゃないんだ。
偶然だ、すべて。
勘違いをするな。

24 :午後1149分 キリコ
寝ているとばかり思っていたが、俺が部屋に入ると同時に起きあがった。
ということは、待っていてくれたのか?
そう思いのそばに寄ろうとすると、
なぜか顔をひきつらせながら全身で思い切り拒絶された。
それから、枕を投げつけられた上、思いきり顔面を直撃した。

今日もひどかったが、俺はなぜいつもこの小娘にいたぶられているのか、不思議でならない。これが本当に神の意志だとしても、絶対に信じたくは無い。(つーか神がいたぶり好きだったら最悪すぎる)

腑に落ちない感情を抱きつつも、がるるる、と唸るの髪を撫でる。
まあ、いい。
とりあえずベッドに入ってしまえばこっちのものだ。
おいこら、と布団をめくると、真っ赤になった顔が見えた。
今まで何度も見たものだろうに、何を今更風呂上り程度で――とも思った。が、忘れていた。こいつは子供なのだった。口は減らないし、生意気で腹立たしいことこの上ないが、まだ世間的には少女と呼ばれる範囲の人間。

「いくら昼間生意気でも、こういうときだけはガキだな」

ニヤリとわざとらしく笑ってやると、頬にばちんと張り手を食らった。しかし、その手を動かせないようにがっちりと掴む。
すると今度はすけべじじいだエロ医者だとわあわあ喚きやがる。
とりあえず言葉が自由に発せる限り、叫んでおけ。と笑うと、面白いほどに、みるみる抵抗する力が消えていった。

1日が終わるのは、もう少し先になりそうだ。




−−−
わたしのドリームが尻すぼみなのはいつものことです。
いろいろツッコミたいところは、各自…心の中で…ごにょごにょ。
(つーかうちのキリコはヤリすぎ)












フ●チンですよ、ええそうですよ (少女相手になにやってんだよ!)