真冬に暖房のきいた部屋でアイスクリームを食べること

が、大好きだった。

舌の根っこが痺れるような、体温で蒸発してゆくような、

夏の渇いている時に食すものとは格別に異なる。

ゆっくりとアイスクリームを味わうための季節は本当は冬だ。

と、

わたしは思っていた。




「わたしがアイスクリームだったらね」

まるで脈絡なんて関係無くわたしが呟いたので、キリコの咥えていた煙草がツッコミをいれるようにぽろっと落ちていった。あわてて灰をほろったから火傷も焦げ跡もつくことはなかったけれど。

「……いつも思うんだが、 お前少し日本語を勉強した方がいいぞ」
「国籍不明のあんたなんかに言われたくないわよ」

少し青緑がかった(これは着色料なのだと思うんだけど)アイスクリームを口に入れて、銀色のちいさなスプーンをぶらぶらさせたまま、わたしはキリコの足に背中をくっつけた。キリコはソファに座りながら新聞を読んでいるので、あたまの上で何枚もの紙が擦れ合う音がする。わたしはテレビの音量を少しだけ上げる。とてもうつくしい女性が真摯な眼をして愛を唄っているので、少しだけ見入ってしまう。でも彼はというと、新聞に夢中でその真摯な眼を見ようとはしないのだ。たぶん、耳もそんなに働いてはいない。

「ピノコちゃんはいちご。定番のやつ(服ピンクだしなんたってかわいいから!)」

少しだけその愛の唄を口ずさみながら、わたしは続けた。彼が聞いているとか、聞いていないとか、はたいして気にもしていなかったけれど、キリコが新聞をめくる音はわたしの科白が終わってから聞こえてくるので、ああ、ちゃんと聞いているんだなあ、と顔がほころんでいった。科白がなくても雰囲気がちゃんと伝わる空間がある。

「ブラックジャック先生はマーブルよね。それかチョコ。いろいろ黒いし(腹とか)」

また数枚ページをめくって、キリコは「あの男の話をするだけで腹が立つ」というようにフンと鼻を鳴らした。わたしは残り少なくなったアイスクリームを、容器の片端にスプーンでかき集めて、流しこむように口に含む。もうそれはほぼ溶けていたので生温いクリーム状の液体が喉の奥に消えた。

「ユリさんはバニラ?あー、でもさ、あの人いっつもキャラメル・リボンばっか食べてんじゃん」
「…子供の頃からな」
「この前なんてレギュラーのダブルなのに、2つともそのフレーバーだったの」

(あれを平気な顔してぺろりと平らげたときは驚いてしまった。だって店員さんだってものすごく複雑な表情をしていたんだけどあの人はそれにも全然関係無いすずしい顔をしてにっこり笑うんだもの!ただものじゃない!)

空っぽになったアイスクリームの容器を、ゴミ箱に向けて投げると、それはステンレスのふちにカツンと衝突して床に落ちて行った。わたしの背中とソファの間にはさまれたキリコの足が、蹴り上げるように少しだけ動いて、たぶんそれは「拾え」の合図なんだろうけれど、わたしはそれを軽く無視してよいしょと彼の隣に居なおした。ムッとした顔が見えた。(でも気にしない)少し無理矢理に、ごろんと横になって、キリコの膝の上に頭を乗せて、わたしは彼の頬に両手を伸ばした。

「………あのな、お前の手があると新聞が読めないんだよ」

うっとうしげにそう言うキリコに、わたしはわざと腕を伸ばしたままでにんまりと笑った。テレビの画面にはまだあの美しい人の真摯な眼が映っていて、わたしはそれを新聞の端から横目で見送った。

「わたしはミント味のアイスクリームなんじゃないかなあと思うのよ」
「…あの歯磨き粉みたいなやつか。よくあんな気持ち悪いものが食えるな、お前は」
「だって、ミントは冷凍庫の端で何年も眠るじゃない。凍る感覚をずっと味わって、ずっと知らないままになって、そのあとゴミ箱に捨てられるやつ」

少し眉を顰めてキリコは言った。彼は元々甘いものが好きではないから、アイスクリームは滅多に口にしない。中でもミント味のアイスクリームは物凄く倦厭していて、いろんな味のアイスクリームを箱買いするとその青緑色のアイスクリームはいつも冷凍庫の奥で静かに佇んでいるのだ。さっき、わたしが食べていたのはそれ。多分もうずっと前のものだ。下手すれば、12年は経過しているかもしれないけれど、わたしはそれを気にもせずに平らげていた。

「ねえ、身体が凍ってゆくのはどんな気持ちだと思う?」

眉間に皺を寄せる彼を見上げて、わたしはゆるやかに微笑んだ。そのときのわたしは、そんなキリコとは対照的に、自然な、それはとてもふんわりとした笑顔をしていたと思う。口角がやさしく上がっているのが自分でもわかるのだ。

「人間って外側から凍るのよ、だから内臓まで凍るのは時間がかかるんだって」
「…、…何の話だ」
「どうせなら自然にじわじわと凍ってみたい。痛いかな、よく凍った肉はぷちぷちと筋肉が一本ずつ切れて行くじゃないか。わたしもそれと同じになるの?ねえ、医者ならわかる?」

身体が動かなくなる瞬間を飛び越えたいの、とわたしが言うと、彼はたちまち複雑な顔になって、ゆっくり溜息をついた。まるで子供をもてあますような眼をした。それから、付き合っていられないというように眉間に皺を寄せて新聞をめくり出す。わたしはその美しい顔を見上げて、ずっと笑っていた。


(もし わたしがミント味のアイスクリームでも この人は 捨てるだろうか)