ユキちゃんはお兄さんが大好き。 お兄さんもユキちゃんの事が大切なのね、ふたりを見ているとそんな事すぐにわかるわ。 わたしの大事な幼馴染ユキちゃんは、小さい頃のトラウマが原因でずうっと厚手のコートを着込んでいる、ちょっと変わった子だった。わたしとユキちゃんはとても仲良し(だったとわたしは思っているの)。子供の頃から毎日ユキちゃんを家まで迎えに行って、いっしょに帰って、いっしょに生きてたんですもの。でも、ユキちゃんは高校生のときに家出しちゃって、それ以来ずうっと音信不通。だけど、ある日突然戻ってきたの。わたし、ビックリしたけどもう嬉しくって嬉しくって。 「、久しぶりだなぁ」なんて、ちょっと声が低くなったユキちゃん。そうね、わたし達もうずっと会ってなかったものねとユキちゃんに駆け寄ろうとすると、「アニキ、紹介するよ。俺がまだこの街にいた頃の「ああ、彼女?」「ちがう、友達!」なあんて、黒いスーツを着たおじさんとお話し始めたの。黒いスーツの人は、すぐにわかったわ。ユキちゃんのお兄さん。久宜さん。ふたり揃って、早坂兄弟。なんて清々しい顔をしているのかしら。わたしの知っているユキちゃんは、こんな風に笑顔で挨拶するような男の子じゃなかったはず。印象がずいぶん違ってる。ユキちゃんは薄着だった。もうあの厚手のコート、着ないのかしら。「もういらないの?」とわたしが尋ねると、ふたりして顔を見合わせて、ユキちゃんは自信満々に「もう必要ねえよ」って、言ったの。 ああ。わたしは急に笑顔のままで、世界の時間が凍りついたような気になったの。わたしの知っているはずのユキちゃんが、知らないユキちゃんになって帰ってきてしまったんだから。ユキちゃんが家出してしまった原因は、家を出たお兄さんを追って都会に行ったからだって聞いたけど、それは、本当だったのね。ユキちゃんはわたしの知らない月日を過ごして、お兄さんとふたりだけの秘密を増やしてきて、ふらっと帰ってきたんだわ。 「じゃあ、。ごめん、俺達行くところがあるから」そう言ってユキちゃんはお兄さんと去っていった。ユキちゃん、ねえ、こっちを向いて。まだ後姿が見える。そんな、せっかく会えたのに。やっとわたしのところに戻ってきてくれたと思ったのに。もしかしなくても、わたしが期待しすぎているだけなの?ただの気まぐれで戻っただけなの?昔を懐かしむために?しかも、それはわたしとじゃなくて、お兄さんと共に、なのね。お兄さんも暮らしたこの街で、ふたりの微かな記憶をたどる。そのためにここにいるだけなの。わたしはその中心にはいない。わたしはただの材料。「懐かしい奴に会ったなぁ」って笑い話に出すためだけの。 わたしが入る隙間はないのかな。ねえ、ユキちゃん、そんな顔、どうして男のお兄さんなんかにするのかな。どうしてそれはわたしに向けてくれないのかな。ユキちゃん。子供の頃からずっと好きだったユキちゃん。ずっと待っていたユキちゃん。それなのに、どんどん手の届かない場所へ消えてしまうユキちゃん。心の中だけでは、わたしだけのユキちゃんだったはずなのに、今こうして目の前にいるリアルなユキちゃんは、お兄さんのもの。 ただ待ち続けているだけで、自分から何もしなかったわたしの選択の結果なのね。よぉく現実を教えてくれる早坂兄弟。視界が黒で埋まるような、もういらない、そんなもの見せ付けないで、おねがい、わたしを許して、好きな人に好きになってもらえる瞬間にひたすら憧れて、妄想にばかり耽っていて本当に、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。あの日からずっと愚かの中に埋もれているのは、ユキちゃんじゃなく、わたしだったのね。ユキちゃんが、また事故になんか遭っちゃったりしたらいいのにな。その時は今度こそ、あの人じゃなくてわたしが、そうよ、わたしだけがユキちゃんを助けてあげるのよ。だってそうすれば、ユキちゃん、わたしあなたのお兄さんになれるもの。そうでしょう?ねえ、そうだって言って。わたしをあいしてるって言ってよ。ユキちゃん。 |