彼女


「あなたは本当に美しく人間を殺すのね」

そう言って彼女は腕に抱えていた物をごろんと道に投げ捨てた。
それは人間の頭部で、首から下が見事にぶちりともぎ取られたように失われている。眼球のひとつはどろりと垂れ下がって細い糸のようなものが何本もぶら下がって、片方の眼は恐怖にひん剥かれている。

「お前こそ、相変わらず容赦が無いやり方だな」
「別に意図してるわけじゃないんだけど…、どうしてかしら?」

レスタトはゆっくりと肢体に突き刺さった牙を抜いて、彼女に向き直った。レスタトの声には笑いと呆れるような感情が込められているような響きだった。彼女は口元に黒いレースの手袋をした指を優雅に寄せ、整った唇を尖らせてその転がった頭部を見つめる。

「頼むから家ではやらないでくれ。お前にそれをされたら、丸ごと家具を交換する必要があるからね」
「わたしはクローディアじゃないの、もうそんなことはしません!」
「ふふ、さあどうかな?お前は見境いがなからね、わからないさ」
「もう!」

ふくっと頬を膨らませて、彼女はその頭部をぐしゃりと踏み潰した。いや、きっと彼女は踏み潰すことを考えていなかったんだろうとレスタトは思った。彼女は物凄く嫌そうな表情をして、ドレスの裾を持ち上げる。暗闇に彼女の生白く長い脚が浮かび上がった。

「貸しなさい」

足元にしゃがんで、血液やその他の体液に濡れた彼女の脚を舐め上げる。目の前の肉片の塊からは想像できないほどの甘さだった。ふくらはぎのあたりまでずるっと舌を這わせて、きっとこれは美しい娘、それも、まだ年若い娘だったんだろうとレスタトは思った。

。この人達は罪の無い人なんだ。お前はレディなんだから、あまり派手に事を成してはいけない」
「それはわかっているけど……」

「……ごめんなさい、レスタト」

軽く諌めるような目線をして見上げると、彼女はしゅんと大人しく眼を伏せた。
彼女を吸血鬼にしてから、多分もう数え切れないほど言った科白だ。

「でも、本当にわざとじゃないの。ちょっとだけ、少し力を込めただけなのよ。なのに、人間はすぐに壊れてしまうの。首は薔薇の花が落ちるようにぽろりと取れてしまうし、ときには身体が紙を破くようにふたつになってしまったときもあったわ。わたしは、本当に何もしてないのに」

少し泣きそうな声だった。息継ぎもなしに、震える手で裾を持ち上げながら、彼女は一気にまくし立てた。手が震えている原因が、果たして怒られたからなのか、それともレスタトの舌の所為なのかは彼女にしかわかり得ないことだ。

「わかっているさ」

というドラキュリーナは、どう言う訳か、美しく儚げな容姿からは想像もつかないぐらい、力の加減というものを知らない。レスタトは、はじめこそ、困った女を引き入れてしまったと頭を抱えた。しかし、彼女もきちんと教えてやればマトモな狩りは出来る。いや、マトモ以上に。レスタトは誇っていた。狩らないルイは別として、クローディアも素晴らしい生徒だが、かつてこれほどまでに才能のある者は見たことがなかった。彼女の狩りは天才的だ。
まあ、今日のように別行動をしていたり、ちょっと眼を離したときには、頭部をもぎとってしまうような強行に出るのだけれど。

白い脚から身体を離して、レスタトはゆっくりと立ち上がった。それから指で口元をぬぐうと、本当に、今にも泣き出しそうな顔の彼女の髪を、そっと梳く。

「そんな顔をしなくてもいい。私がきちんと教育してあげるから」
「ほんとうに?」
「ああ、すぐに立派な本当のレディ・バンパイアになるよ、お前ならね」

耳元で低く呟くと、彼女の手がするりと腕に絡まった。あれはレスタトの本心からの科白だったけれど、こんな単純な言葉で顔色を一転させてしまう彼女が、レスタトには面白くて仕方が無い。

「さあ、帰ろう。ルイとクローディアが待ってる」

そう言うとレスタトは微かに微笑んで、の頬にキスを落とした。どことなく、が力の加減というものを身につけることは、実はレスタトはあまり望んではいないように思えた。つまり、である。が力の加減を身につけたら彼女はもう立派な吸血鬼なわけで、今のままならば永遠に手元において置けるのだ。生徒としても優秀で、とりわけ愛しいこの少女を手元に置ける。絶好の言い分である。
案の定、レスタトはには絶対に見えないように口端を持ち上げた。

「……手放すものか」

よりも猟奇的な心の持ち主の呟きは、やはり彼女の耳に届くはずも無く。
ゆっくりと上がる口角と共に宵の頃へ消えるのだ。
鬼畜、である。



囚われる彼女



end.